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鬱病
僕は実は昔から鬱病もちです。
いつからかは、分かりません。
たぶん高校か、大学のころからだと思う。

ただ、自分的にはそれほど異常なこととも思えず、
病気って言うカテゴリーに入れるほどのものかどうか、
また治療なんてものが必要なのかどうかもわかりません。

はっきりした症状が出たのはMBAを目指してGMATの勉強をしているとき。
吐き気がして、恐怖感に襲われて、パニックをおこしました。
まぁ、目がクラクラした程度で深呼吸したら治まったけど、
心療内科にいって薬をもらったときは少しショックだったかな。

で、いろいろ鬱についてネットなどで独自に調べていくうちに、
自分がここ10年以上鬱状態にあったと分かったんです。
それで気が楽になりました。なんだ、いままでと一緒じゃんって。

今日のニュースで、心療内科以外の一般の医者が、
患者の鬱を判断する基準ってのをやってました。

最初に2つ質問して、そのうちひとつに引っかかると鬱の可能性が高く、
最後に「最近罪悪感を覚える」に該当すると重度だというのです。

そのうちの質問のひとつが、
「このところ2週間で、心から楽しいと思うことがなかった」
ってやつです。

うーん・・・ ない。
仕事が忙しくて、楽しい時間をすごすって事がないんです。
それに「心から楽しい」って感覚、僕には昔からあまりありません。

なんか醒めてるというか、諸行無常とか色即是空的な考えがあって、
僕には感情の起伏があまりないんです。
なんていうか、低く安定してます。

安定してるんだから鬱じゃないんじゃないかなぁ、なんて思うけど、
色々調べたけど、これも軽い鬱に入るようです。
オレはこれは、「思想」の問題だと思うけど。

今の世の中は、「明るく元気に生きる」のが理想であり、
その状態が「健康である」とされているような気がします。
よって、諸行無常的な発想は、健康ではない=病気であるとなります。

だとすると、仏教思想は病気の根源になってしまう。

オレはそうじゃないと思う。

生きているって、辛くないですか?
僕は毎日苦しいし、辛いことばかりです。
生きていくって、大変なことです。でもだからこそ、価値があります。

楽しく生きている人って、身の回りにいるでしょうか?
明るく元気に見える人は、本当にそうでしょうか?
誰だって悩み苦しんで、それに立ち向かい、何度も負けながら生きているように思えます。

みんな、鬱病的なものと戦って生きてるんです。
その程度の問題で、実は明確にどこからが病気と定義されるか不明確なんです。
定義してるのは人間です。なので非常にいいかげんなもんです。

僕は夜型の人間で朝は苦手です。
鬱の症状にこれがあります
→朝、おきるとだるい。でも夜になると、元気になる。

僕は高校1年のころからこうです。
理由は単純。勉強や仕事が嫌いだからです。終わったあとは元気になる。
これを病気扱いされちゃやり切れません。

僕は自分の悲観主義と心配性のおかげで、ここまで来ました。

将来を心配して大嫌いだけどしょうがないから猛勉強し、仕事もし、
わりと良い成績で一流私大を卒業、大手メーカーでも懸命に働いて、
MBAには社費留学、帰任してからも仕事は順調です。

コツコツと努力を積み上げてこれたのは、世に言う鬱病のせいです。
もしもっとあっけらかんと生きていたら、勉強が大嫌いな僕は、
確実にダメリーマン街道まっしぐらだったでしょう。

ただ幸せか?と聞かれれば、僕はいま不幸せです。
幸せを感じたことは、ここ1年でほとんどありません。まぁ鬱ですね。

しかし、努力が無駄だったとは全然思わない。
努力しなかったら、いまもっと不幸を感じる状態だったと思う。
自分の「鬱病」と戦うために努力して、結局治らないんだけど、
刹那に遊んでしまうよりも、よほど意味があり、充実した人生を送っている。

ただ、先を考えすぎて、今の幸せを先送りしてまでがんばり過ぎたかも、
という感覚は少し芽生えてきた。

自分の考え方が、少しシフトしつつある。
でも僕は、世に言う「鬱病」な自分が嫌いじゃないし、「治ろう」とも思わない。
これは思想であり、自分の一部なんだから、自分らしく生きていく。

「死にたい」「もう生きられない」って毎日のように思うけど、
それは愚痴であり、弱音であり、本音は違うところにある。
それが明確に分かるようになったのは、先週のこと。。。
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by mkt700 | 2005-08-14 07:29 | 日記